2008年11月14日金曜日

托鉢…

朝から 今日は いろいろと 気付いた… 天と神の恵みを 頂いて ここにこうして 生かされている 赤ちゃんを見ていつ 何も出来ないけど 大事にされ いるだけで 人を動かす これが 素 と言う状態なんだろうか?
それは そうと 托鉢って 御坊さんが修業の為にするのだけど 人に 慈悲の心を起こさせてあげる 修業なんだって!
だから 御坊さんは ただ立っているだけでなく寄付をする 慈悲の心を 受けて上げているのだと言う 言葉を読んで お金を貰っていて ぼんさんの方がしてやってるなんて…! です お釈迦様が弟子に托鉢は 金持ちを回るな 貧乏人の家を回れと言われたそうな… 貧乏人は 何故貧乏かと言うと 金がないから 寄付や慈悲の心を知らないからだ という訳です! 頂くのは みすぼらしい乞食と言われてきたが 頂いているだけでなく 下さった方の心にも 善と言う心を 差し上げているんだったのね!
お金を恵んで頂く ぼんさんが偉い訳 が今解った! ありがたい!ありがたい!

自分の価値

今日は 嘘の言葉は響かないと 昨日言われて ずっと 拘った…!響かない=興味がないと言う事やねん興味が無かったら聞かなければ良いだけだ〜(笑)
私自身も人間そのものの価値をずっと 考えていた 私はなんの為に生まれたのと自分の価値を探していたのだ 人間の価値など 自分がしっかりと 見性さえ出来て 真実に無字がわかったなら いくらでもついてくる。とある 私は貧乏だったし 知恵も無かった 無いと顔に出す 嘘をつくと 人が慈悲の心で いろんな物を下さった! 服から生活用品 お金もだ…。 何より この身体を両親から貰った 命は先祖から貰った いや譲り受けた それが自分の価値だ どんなみすぼらしい生活をしようが どんなに 我を出そうが 今 ここにいるこれが 価値やった〜!
EQセミナーを受けた時 なんで私が生きて 死ぬ人がいるのか 解らなかった! 子供が 無差別に殺されたニュースが流れていた ずっと解らなかった! この世に求める物が無いと信念をもとうと思った時 何一つ 自分の物なんか無い事に気が付いた! なんかわからないが自分は ここにいるんだと思った…!!!【 生きているだけで良い】これが 自分の価値 今 ここにいるのが 自分の価値だった… 自分の価値など あるようで無いし 無いようであるような気がする〜! 生きている事が価値やねんナァ〜!何にもしなくても 価値はあるのだ…! みんな 生きていることが 価値やねん〜!

2008年11月12日水曜日

心の曇り

随処に主と作れば 立処皆な真なり。
その場その場で こちらがライトを向けて 外の世界をつかをだ時
こちらが掴んだ物が真である… 外の物に真は無い。
外の物を追いかけても 騙されるだけだ。
何処に行っても自分を失ってはいけないよ〜!
東京があるから 行くのでは無い。 自分が行って東京を発見するのだ しかし この自分は自我があっては駄目だ 透明なレンズでいかんと駄目だ。
レンズに色があれば色がつき 曇りがあれば写真も曇る。
透明な心で こちらから ライトを当てた時 真は掴める その透明な心で世界を受け入れる人生は毎日が真実である。

透明な心とは 自分と他人の区別の無い心とある 何処に行ってもこれが 自分の世界だと思えば 大事にせずには いられない。 何処に行っても この世界は自分の家で その中に暮らす人はみな自分の子供 動物も虫も同じで 自分の子供だ
これが随処に主を作る事だ。 そう言う愛情と責任がないといけない…。 自分の心の尊さを忘れて 人の話を聞けば 良いも悪いもみな心に入れる自分の心の拠り所を持って 相手が 仏か魔か 本物か偽物か 凡か聖かハッキリと見極めなければならん…。
魔と仏は 二つの物ではない お互いの心に仏魔は同居している
仏性を求めて魔を捨てる そんな努力はせんで良い
仏魔同居でどちらにも捕らわれない。
魔がある 煩悩がある がそれに捕らわれない 仏もあるが仏に捕らわれない、そう言う境地になれる事…。
魔とはフッとわく疑いの事…。
魔は 自分の心にある 全ての存在はそのものだけで独立しているのではない 森羅万象 全てが仮の姿で 実在する物は無い 法界に透入して 仏に出会えば仏をとき 祖に逢うては祖をとき餓鬼に逢うては餓鬼をとく この世界に出て 仏に逢うては仏にふさわしい挨拶を 祖に逢うては祖にふさわしい挨拶を餓鬼に逢うては餓鬼にふさわしい挨拶を 自由自在に説得して歩く。この綺麗な心を離れる事なく 正念相続 とある
動かない心を先ず持つ事…! これが一番! ありがたい!ありがたい!

2008年11月11日火曜日

身体は入れ物だった…!

昨夜は 24時間介護の必要な 脳性麻痺で16年間豊中の市会議員をやった女性の話を聞いた

市会議員になった時 周りの目は 話ができるのか〜?とか 考えられるのか?とか 罵声を沢山言われ
傷つけられ それでもやり通して 気付いた市議会の本当?を話してくれた 。
彼女の身体は で 歩く事も物を掴む事も出来ない しかし感じる事を素直にぶつけて 自分と周りを変えていくのだ!(笑)

自分では動く事も出来ないのに 周りの誰よりも 思いどうりに生きている 何故だろう?と興味がわいた
なんでやねん〜! の自問自答。自分の身体が動かない事実を受け入れ、 周りの人のお陰に感謝を感じた時に初めて動かない身体 自分の不自由さを受け入れ、 助けのいる身体が当たり前になり、周りとの関わりが解るようになり 、調和を取る事が必要だと悟り 、変わって行く様子が面白おかしく話された。
ただ、彼女が 妊娠して 生まれた子が健常者だった時、障害者の子供が なんで 健常者を生むんやとがったりしたそうだ 障害者だったら 一緒に闘うのにと言った彼女は 凄すぎる〜!

車椅子のガハハ!人生 (いるべ かよこさん )マスコミにも取り上げられたそうでーす。
子供を生むだけでも 不安なはずやし 生まれた子供が、健常者でないと不安なのが人間や でも彼女に不安は全く無い…! 健常者なわくけ無いと思っているのだから 障害者が生まれても 当たり前でがったりする事が無いのだ…
これやねん 自分の事を解るって… 出来ないから ありがとう〜やし 妥協がないから変えて行ける 彼女は思いだけで何もしていない〜 だってしようにも 完全看護がいるからだ 身体は器借り物で 魂を入れる入れ物だ
身体のお陰で この世に居られてる!それを彼女に教えて貰った  われわれは動く体が当たり前と、思っていることがそもそも、ごめんなさいやねん!!!

やはり 心の力 、思いの強さ 、意識の方向 が全てを創る元だった、 身体が動こうが動けまいが 関係ないかも知れない〜(笑)神様がいた・・・!

2008年11月10日月曜日

人間が動きたくなる訳

私自身は とてもわがままだし 人の言う事も聞かない 、いや、以前は人の言うとうりに動いていた、どちらも自分が解らなかったからだ・・・!

人の、聞こうとすると 自分が無くす、癖がついているから、今は自信がつくまで、自分の思うとうりに、振舞っている。
人と言うのは 仕事やなんかの会にしても、お互いの思いをくまなければ 、話がまとまらない、
相手の話があいまいなら こちらの答もあいまいになるし 、こちらの答があいまいなら 相手の言葉もあいまいだ…!
ちゃーんとして欲しいと思うのは 山々で 出来なければ腹が立つ
かと言って ほっておけば 好き勝手で 終止がつかない

何かを継続する時には いろんな約束事が付きまとう〜 その約束事は守らないと駄目と言うのは解っているが
自分のしたい事が出来ないと人は嫌なものだ、 頭ごなしに言われるのも受け入れられない 、自分を持ちだすと 余計に自分の考えが 優先される!

そこで今までは迷って出来なかったが 思いどうりなではなく やりたくなる仕組みを 作る方が 大切なきがした
やるも辞めるも、 責任は自分にあると自覚する 、それは頼まれ事を受ける時にすでに始まっている訳やね〜

自分にプラス=相手のプラスがあれば必ず勝手に動き出すと思われる〜
面白くない事はやっぱり出来ない、でも逆に、 面白くなるアイデアが 進歩に繋る事、やねんなぁ〜と 思う

ちなみに私は自然体が好きなんで こじつけた 話は嫌いだし 拘る話も 聞きたくないと解った
答なんか 誰にも解らないし 人の心も秋の空と一緒で 変るものだ 神様を持ちだそうが 鬼を出そうが 両方とも私の中にあるから恐くもなんとも無い…

人を縄を持って縛る事は出来ても 心は縛れない 共にいるのだ 鬼も仏も神もみーんな持って ここにいる
この時と場所に一緒にいる事を精一杯楽しむために 何が出来る?
を実践して行こうと思った
人は 興味の無い事は しない
相手が、 したくなる事をどれくらいやれるかなぁ〜(笑)
でも人と話さ無ければ 、こんなことも感じることは無かった、 ありがとう〜ありがとう〜!

Fw:船井幸雄のツキを呼ぶメッセージ

悩みはバイブルのテキスト?

★自身の悩みが他者に希望を与える

これまでの人生を生きてきて思うのは、自分の苦労や悩んできたことが、後々になって他者の役に立つということです。

問題に直面している真っ最中は、とにかく目の前のことで苦しく、自身のことを不幸だと嘆く人もいるかもしれません。しかし困難に絶望することなく、あなたが勇気をもってのりこえれば、それは他者に希望を与える宝の経験となります。実際に苦労をのりこえ幸せをつかんだ人の言葉は説得力があり、悩める人に大きな希望を与えるからです。その意味ではいま悩みがあることはけっして不幸なのではなく、意義深い人生を生きている証ともいえるでしょう。

なるほど〜と言いたいメールですが これが解るようになる為には かなり勉強がいるね〜!
昨日 お伊勢さんに参ってきました 猿田彦さんにも いよいよかなぁ〜

2008年11月8日土曜日

万象我が師 人は鏡

心が変ると 出会う人が変わり 起きる現象が変る…! 人の事は良く解るけど 自分の事は 獲てして解りにくいね〜(笑) 例えば 一つ失敗をするとドキドキしたり 自信を無くしてしまう そっから 後起こる事も大抵 ドツボなことが多かったりするね!二度あることは三度あると言うね〜。(ハァ〜!) とため息をつきながら なぜだろう と考えてしまったり〜!
だけど 臨済録を読んで(目の前のお前は私で私はお前)と言う話を読んだ時 人と自分は同じ事が解った!潜在意識が 気付きを与える為に自分と同じ人を引き合わせてくれているのだ! つまり 人間の意識をあげれば 当然 意識の高い人が集まる 意識の高い物に触れていく。 だから 人って美しい物を見たがるし 気持ちの良い事をしたがる 楽しみたがる訳だ…!
自分の意識が変ったか どうか 周りの状態で知る事が出来る事がわかる 人の悪い所は自分の悪い所やし 同時に凄いと思う事も自分の中にある訳だ… それに気付くか気付かないか だけだ 気付かなければ 見えない力は ずっと呼び掛けて下さる ありがたい!ありがたい!
ささいな事も気付く事は 己自身だった!
そう思うと 目の前の人や風景が愛しい…!
それに 楽しいゾ〜! だって人が自分にいろんな心を教えてくれるからだ 出来事 風景 全てが 自分の心と見たら気付く 事も いっぱい〓 相手を許す事は自分を許す事 相手を励ます事は自分を励ます事 そして 目の前の人が明るくなるイコール自分も明るくなった証拠としたら 人の 喜びは自分の喜び になるかも! そう思うと なんか 幸せになれるかも…!