自分の 過去を整理していた。 解って行く事を どう受け止めたら 良いのか 途方にくれては、 なんとか 筋道をつけて自分で自分を正当化しようと口実を 探していた…。
それと 自分を 認めて 許さないと…と一生懸命だった。
でも 今朝 答が出た〜。宮沢賢治の雨にも負けず 風にも負けずの曲を聞きながら〜。天六の母と一緒に いた…。
少し 話しをして ゆっくり 自宅サウナに 入り また 話しをした…。 田口のお母さんに 【みんなのお陰を、全部忘れても、お母さんにありがとうだけ覚えていたら良いからね〜】と、言われた事を 話したら 〜正にその通りって言われた。それこそが、倫理じやんと〜(笑)
自分が 何の為に生まれたのか? 何が したいのか? 何が楽しいのか? を話した。
人には 会うべくして会い 別れるべくして別れる。 綺麗も悪いも醜いも良いもない。 全てがプラスだからだ。 その時 悲しい思いをしても 後でそれがあったお陰で 好転するきっかけになったり する、目の前の事にこだわり過ぎて 大切な物になかなか気が付かないだけと。 人との 繋がりなんて、 いくら好きでも縁のない人は 最後までないし 、いくら嫌な人でも 縁のある人は 繋る。 嫌でも好きでも、思っているのは自分だけで、縁は ただ 繋るのだそうだ。これは、自然の繋がりで同じ宇宙の中で 出会うべき人達なだけ、 良いとか ダメとか 世話になったとかもない、ただ出会う事でしか、解らない事を自分が知り、幸せになって行くだけだった。
例えば、 プレゼントをして 上げると言うのは あげた人に(喜べよ!)と言ってるようなもので そこにただ、いろんな思いが ついてるだけだ。 プレゼントされる方も、 本当は 貰っても嬉しくないけど 喜ばないといけない事が ほとんど…!
心から ありがたい プレゼントは なかなか出来ない…!
それくらい 人を 喜ばせるのは難しいと言う事だ。
親切は やった人が 相手の 反応に関係なく 自分が気持ち良かったら それで良いだけでおわる物なのに、解って欲しい喜んで欲しいとツイツイ欲求をする、この時、赤ちゃんが、食べる物を欲しがりねだった、母は、椅子に座らせ、お皿を用意して、子供の前にお団子を置いて、どうぞ…と差し出した。なおも子供は、団子を、とって欲しいとせがむと、何も言わず、ハイ!とお団子をさして渡してあげる。その団子を持って、子供は 私を見た!じっと見ていた、親切の意味は、これだよと、聞こえた。その後 床の拭き掃除をしながら また感じた〜。
(そうじが出来て、良かった!)と…。サウナは 招待で毎週使わせてもらう。私には、お金はないだけど、自宅をそうじすることが出来る、だからお返しが、出来るんだ。天六の母は、そんな事、しないでいいと、言うけど、それでは、気が済まないのだ。
天六の母は 続けて言ってくれた。
三次元を生きるために お金は 必要だ…だから 稼がないといけない それで 仕事として今の事業をしているが、それは、手段に過ぎない。ただ、オーラ写真を取る事で沢山の人に会える事が目的だと続いた。それを通じて 人と話しが したいから今の仕事を していると言った…。
お金でもなく 話しが、したいから、といった。
話しをして 相手のエネルギ〜と交じり合い、新しい エネルギ〜を作るのが 楽しいと 話した。
人は 人に会う事で いろんな事を感じ 学び 解り会える 沢山心が感じれば 心は豊かになり それだけで幸せなのに やれ お金が欲しい やれこれがしたい、あれをしなければならない…これを守らねばならないと、いろんな事を考える。そして 足元にある 幸せにまるで 気付かない。
身体中の力が徐々に抜けていった。 考えてみたら 私はそうじで 人に関わり いろんな事をしてきた。
その時の 私にあった人と 一緒にいた、それが 良いとか悪いとか 関係無くなった、 いつも自分に必要な事を ちゃーんとやっていたんだ…と思った。
お金に 困ったからそうじも 続けてきた そのお陰で 今がある…。
みんなのお陰で いろいろ 感じていたんだ。
ケンカ 笑い 泣き 喜び私は ちゃーんと感じて 表現していたんだ…と 初めて 自分を知る事が できた。
今の自分の中に 腹が立ったり 憎かったり 嫌な人はいない〜。
みんな 大切な人ばかりだ…。
最後に 〜 【清く、貧しく、美しいなんて大阪じゃ、はやらんゾ〜】とある方に言われた事を聞いてみた 母は、【人間に清い人などいないし、貧しい人もない、美しい人もいない】と答た、解った気がした。 みんな同じなんだと解った…。
私は そうじで自分を綺麗にしたいと いろいろやってみた!だけど やればやる程 自分が解らなくなった… そしていつしか 自分の醜い所ばかり ほじくっていた…。 この 言葉の意味に 【牢名主】がくっついていた…。人の 醜い所ばかり めについたのは 自分が醜い所ばかり 触っていたからだった。
そして 自分を責めて 相手を責めてきた。
初めて 自分の中に 人の為に自分が 出来る事がある事に 今日気が付いた!
嬉しかった…。ここまで良くやってきたと 初めて 自分を褒めてあげれた。
も一つ聞いてみた【誰も見てない所でちゃーんとするがポイント】だと言う言葉の意味を、私のそうじは これをやった とか、これだけ、しましたが 無く そっと気付かないうちに してくれていることがあるらしく 人の気が付かない所が、そうじ出来ていて、愛情を感じると 答た。 さり気なく でも こんな事もやってくれていたと 相手が嬉しくなる事が ポイントになる…。と言う事だった。
だけと、私は ずっと、誰にも 見えない 自分の心や 行動を ちゃーんとするだと 思っていた、難しい事に 気が付いていた、そしてまた 自信を無くしていた、だけど本当は 思いやりのことだったんだ。
それなら 今までにも 出来ている…。そうじを通して いろんな事も感じる 心を持っている。 そして 感じる事で 心も豊かになってると 初めて思った。人の嫌がる仕事ばかり、引き受けてしまう青年の話しをしてくれた。人が、断ってやりたがらない事も、その青年は、引き受けてしまう 人から、お人好しだ馬鹿だと、言われても、やってしまう人らしい。ある日、天六の母に、やってしまう事を、何も思わずやり続けたら、必ず喜びが、来ると言われてやり続いたら、今では、この不景気にも、関係無く、仕事が殺到している…。と話してくれた。私は、別れた主人に、金にもならない仕事ばかり、家庭を犠牲にしてまでやって、まだ気が付かない、と離婚された。だから、儲けられるような仕事を求めた、でもダメだった。元々が、そう言う性分でないから、無理をしてやっぱりダメだった。また、自信を無くした…。
ある会長さんに【 私は 電車に乗るのに 駅員さんをやって 車掌もして お客もしたいだけだ】 と言われた意味が やっと解った…。
出来ない事は 助けて貰えば 良いと初めて解った…。
最後に 赤ちゃんがお菓子をこぼした 拾って差し出すと 一つずつ 入れ物に直し始めた しばらくすると 辞めてしまった〜(笑) 私は その子に(入れないと)と話し掛けた。
でもやっぱり 眺めているだけだった 私は 一つ手のひらのお菓子を 容器に入れてみた すると 子供も一つ入れてくれた また一つ 私が入れると真似をして 入れ始めた 最後まで 一つずつ入れやいこをして 終わった後 私は 手を叩いて 笑っていた…。子供も 笑ってくれた。 嬉しかった…。 私は 人に教えて上げようと していたんだ…。でも本当に 必要なのは 一緒にする事だった、子供に やって見せるだけだった。
そこに 言葉は要らないと解った…。
こうして、やるんだよ!一緒に出来るよ。だけでいいと解った…。
今まで 喜ばれる事も 後ろ指刺される事もしてきた。
でも、おてんとうさんに 顔むけ出来れば良いんだ。と言われた時 出来ない事もしてきた。と言ってた、天六の母は じゃ〜今から して行こうと 笑ってくれた。
心のつかえが 消えると身体が軽かった。もう 何も心には 無かった…。 そっから 後は 何をやっても 旨くいった! 天六の母は 全て旨くいってるから 安心して 行きなさい〜(笑)、と言われたとき 私も 旨く行くと思えた。 暖かさと 今までに体感した事のない 感じが 身体を包んだ。
雨にも負けず 風にも負けず…の曲が 頭に染付いた。 この曲が 頭に流れると 心が朗らかになる…。 いつでも 今日の感じが よみがえる! 第2の 誕生日を向かえた気がした〜。
今日の日は 一生忘れない! 何をやっても旨く行く 心も財布も豊かになって お客さんも ドンドン増える。 いつも 笑顔で仕事が出来て 沢山の人に喜ばれる。
師匠が ずっと私と一緒に かけてくれた 言葉だ 本当に そうなった。 間違なく 成功する!!
最後に この身体をくれて お母さんありがとう〜。
お父さん この命の元をありがとう〜(笑)
人は豊かになるために 生まれる…。 人に触れて感じて 動き いろんな事を することが出来る アホな事も良い事もやって 人と関わって やっぱり生きていくんだと 解った…。
しかし… ここの子供はすでに テレパシ〜を使う 意識を飛ばしてくる…。 感じる事で 目の輝きを変える
この赤ちゃんに 私はいろんな事を 教わっている…。 参りました!